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【カテゴリ】  聖書のおはなし

聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-05-10 18:00 UP!

 

やさしいココロ」

 

聖書のことば

「だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、

わたしの兄弟、姉妹、また母である。」

マタイ12:50

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。少し長いお休みがありました。ゆっくり過ごせましたか? 今日も幼稚園に来てくれてありがとう。

 

昨日は母の日でしたね。「お母さん、ありがとう」の気持ちを伝える日でした。わたしも自分のお母さんに「ありがとう」の想いを伝えました。自分のお母さんがいて、今、ここに、生きることができています。その想いを伝えました。

 

今朝の聖書のことばは、イエスさまが言った言葉です。「私の天の父の御心を行う人がわたしの兄弟、姉妹、また母である」と。イエスさまが言う「私の天の父」とは、神さまのことですけど、「わたしの天の御心を行う人」という言葉が難しいですね。どのような意味があるのでしょう。

 

「御心」とは「想い」です。こうしてあげたい、という気持ちです。みんなもそのような気持ちあると思います。おとうさん、おかあさん、おにいさん、おねえさん、おとうと、いもうと、おともだち、先生に、こうしてあげたい、といういろんな気持ちがあると思います。何かしてあげたい、助けてあげたい、嬉しい気持ちを伝えたい、いろんな気持ちがあると思います。

 

「わたしの天の父の想い」と、それは神さまの想いですが、それは「大事にしたい」という想いです。私はいつも朝、別のお仕事がない時は、教会の玄関に立って、みんなが来るのを待っていますけど、おともだちの中には、自分が見つけた虫さんを大事に持ってきたり、お花を持っていたり、そのほか自分の大事にしているものをやさしく持っているのを見ることがあります。それを見て、その気持ちが伝わってきます。また、幼稚園に来てお母さんと別れるときに、泣いたり、さみしそうにしているおともだちを見ます。そしてそのおともだちをやさしく見つめるお母さんの姿があります。やさしい気持ちが伝わってきます。

 

ひとりひとりの心の中にある「やさしい気持ち」、それが大事です。その「やさしい気持ち」をみんなに、いろんなものに、くばって欲しい、それが神さまが望んでいることである、とイエスさまは伝えてくれています。やさしい気持ちを受けてイヤな気持ちになる人はいません。そのやさしい気持ちをいっぱい広げてほしい、イエスさまはそう願っています。今日1日、そして、1週間、その想いを大事にしてくださいね。

 

4月26日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-04-26 18:11 UP!

 

隔ての壁を取り除くイエスさま」

 

聖書のことば

「人を分け隔てしてはなりません」

ヤコブ2:1

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。元気ですか?今日も幼稚園に来てくれてありがとう。

 

今朝の聖書のことばは、「人を分け隔てしてはなりません」、ということば。

 

ヤコブという人が書いた手紙です。「分け隔てる」ということば。むずかしいことばですね。

 

みんながいる幼稚園の中には「カベ」がありますよね。「カベ」があることでいろんな部屋ができる。遊ぶ部屋、本を読む部屋がある。みんなのおうちにも「カベ」がある。ないと雨が風も入ってくるし、いろんな部屋があった方がいい。「カベ」は必要です。「分け隔てる」とは、いろんな区切りをつけたり、「カベ」を作るという意味があります。

 

でも、今朝のヤコブさんの手紙は、人と人の間の「カベ」を作るのはどうなのだろうか?という話です。自分とおともだちとの間に目には見えない「カベ」を作って、このおともだちの顔は見なくてもいい、とすること、それはどうなのか? そのことについて考えてみよう、という話です。

 

今、コロナウイルスがたくさん広がっていて、いろんなところに「カベ」ではないけど仕切りを作っています。でも、だいたいは透明で薄いものなので隣の人の顔は見えます。口の中のつばとかがかかったりしないようにと作られているだけであって、隣の人との顔を見て、笑って、お話できますよね。

 

聖書の違うところに、イエスさまは全ての「カベ」を取りのぞいた、ということばがあります。ケンカをしてしまったり、いろんなことがあって、自分とその人との間に、「カベ」を作りたいと思ってしまうことがあります。それでも、相手との間に「カベ」を作って、あなたの顔は見たくないとか、あなたはわたしのともだちではない、あなたのことは知らない、と「カベ」を作ってしまうことはどうなのだろう?

 

顔を見て、笑って、相手を知っていくことで、争いはなくなり、おともだちの輪が広がっていくのだ、みんな、神さまの大切な子どもなのだ、そのことをイエスさまは教えてくれました。

 

そのことばをヤコブは聞いて、これは大切なことばと思って手紙を書き、わたしたちに伝えてくれているのです。顔を見て、笑い合うこと、そのことを大切にして楽しく過ごしてくださいね。

 

4月19日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-04-19 21:47 UP!

 

「いつもあいしてくれている神さま」

 

チャプレン 司祭 林 和広

聖書のことば

「神がまずわたしたちを愛してくださった」

ヨハネの手紙一 4:19

4月19日

 

おはようございます。元気ですか?

 

今日も元気に幼稚園に来てくれてありがとう。良い天気ですね。

 

みんな、手紙書いたりしますか? どんなときに手紙を書きますか? 

 

私は自分の気持ちを伝えたい、その想いを知ってほしい、そんな想いをもって手紙を書きます。

 

今日の聖書のことばは、ヨハネという人が書いた手紙の中にあることばです。

 

「神がまずわたしたちを愛してくれた」。ヨハネはこう書いています。

 

神さまがわたしたち、みんなのことを愛してくれている、大切に想ってくれていること、このことをヨハネは自分の書いた手紙の中でなんども、なんども書いています。このことを知って欲しい、このことを一番伝えたい、そう願って手紙を書いているのです。

 

ヨハネは神さまが「まず」愛してくれた、と書いています。「まず」ということば、難しいですね。「まず」とは、「はじめに」、「さいしょ」に、「さきに」、という意味があります。

 

おもちゃとか、絵本とかがあるときに、「おさきにどうぞ」、「さいしょに使っていいよ、読んでいいよ、」とおともだちに、言ってあげたりすることがあると思います。「さきに」、自分の方からおともだちに、声をかける、おともだちになるときも、自分の方から声をかけて、おともだちになったりすることがあると思います。

 

そのように、神さまは目には見えないけど、いつも神さまの方から声をかけて、みんなのことを見てくれていて、そして、大切に思ってくれている、そのことをヨハネは伝えてくれています。

 

声をかけることって少し怖く感じることもあります。「おともだちになってくれるかな?」、「いいよ」って言ってくれるかな?、とか少しドキドキしたり、不安になったりすることがありますよね。

 

でも、神さまはどんなときでも、さきにみんなのところに来てくれて、大切に思ってくれている。みんなのことが大好きで、みんなが「いいよ」と言ってくれることを信じて、愛してくれているのです。

 

その神さまの想いを感じながら、新しい1週間のはじまりの今日、そして、今週と、楽しく過ごしてくださいね!

 

3月15日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-03-15 18:00 UP!

 

「いつもあいされている」

 

チャプレン 司祭 林 和広

聖句

「あなたがたは

神に愛されている子供です」

エフェソ5:1

3月15日

 

おはようございます。今日も元気に幼稚園に来てくれてありがとう。

 

今週19日は卒園式ですね。ひまわり組さんは今週が幼稚園での最後の礼拝になりますね。

 

今朝の聖句は最後の週、礼拝にふさわしい聖句だと思います。

 

「みんな、神さまに愛されている子供です」ということば。

 

どんな時でも神さまはみんなのことを大切に想っているということば。みんなが失敗したときも、怒られてしまったときも、神さまはいつでもみんなのことを大切に想ってくれているということばです。

 

良い子であること、何かがよく出来るから神さまが愛してくれる、大切に想ってくれているのではなくて、どんな子供でも、みんな、神さまの大切な子供として、愛してくれている、ということばがみんなに贈られています。

 

4月からはみんなそれぞれ新しい道にすすみます。そこで新しい出会いがあり、新しいことをはじめます。その中にあって大変なこと、つらいこと、悲しいこともあるかもしれない。でも、いつでもどこでも神さまはみんなことをまもってくれています。

 

目には見えない神さまなので、本当にそうかな?って思うかもしれないけど、神さまはいつもそばにいてくれています。そして、その神さまの愛をつたえてくれる人が必ずみんなのまわりにいます。いろんな出会い、出来事を通して、神さまがみんなのことを大切に想ってくれていることを忘れないでいてほしいとおもいます。

 

この幼稚園でのお祈りを通して、みんなにそそがれてきた神さまからの愛情を新しく出会うおともだちに分けてあげてくださいね。

 

この1週間、楽しく元気に過ごすことができますように。

 

 

3月8日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-03-08 18:05 UP!

 

「ささえあう」

 

チャプレン 司祭 林 和広

聖句

「人にしてもらいたいことは何でも、

あなたがたも人にしなさい」

マタイ7:12

3月8日

 

おはようございます。今日も元気に幼稚園に来てくれてありがとう。

 

今朝の聖句はおともだち、おうちの人たち、まわりの人たちからしてもらいたいことはなんでも、してあげなさい、ということばですが、みんなはどんなことをしてもらいかな?

 

一緒に遊んでほしいとか、困ったときにたすけてほしいとか、いろいろとあると思います。でも、たまに「一緒にあそぼー」とおともだちに言っても、「いまはこれで遊びたい」とか言われることがあるかもしれないし、困っているようにみえたので助けてあげようと声をかけたら、「自分でやってみる」って言われることがあるかもしれない。せっかく声をかけたのに残念だな〜とか、少しさみしい気持ちになるかもしれない。

 

でも、その気持ちを持つことは大切で、そのときは一緒にあそぶことができなくても、また、助けてあげることができなくても、あとになって「あのとき、優しい声をかけてくれたなあ」ってそのおともだちがあなたのことを思い出してくれるかもしれない。そして、そのおともだちがうれしい気持ちになるかもしれない。

 

みんな一人ひとり、やりたいこと、してほしいとは違うかもしれないけど、おともだちを大切に想う気持ちを大切にしてほしいとおもいます。その優しい気持ちは消えることはありません。

 

そして、もう一つ大事なことは、そのおともだちをささえること、おうえんしてあげることだとおもいます。みんながんばって絵をかいたり、作品をつくったり、歌をうたったりといろんなことをいっしょにしていると思うけど、みんな、おたがいにささえあい、おうえんし、そして、いいところをほめてあげることは大切なんじゃないかなあとおもいます。

 

みんな一人ひとりがおともだちのいいところをほめてあげてほしいなあとおもいます。

 

おたがいにやさしい心を分け合うことができますように。

 

3月1日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-03-08 10:00 UP!

 

「みんな神さまの子」

 

チャプレン 司祭 林 和広

聖句

「ザアカイ、急いで降りて来なさい」

ルカ19:5

3月1日

 

おはようございます。今日も元気に幼稚園に来てくれてありがとう。

 

今朝の聖句にはザアカイという名前が出てきます。彼は徴税人(ちょうぜいにん)と呼ばれる税金(ぜいきん)をあつめる仕事をする人でした。みんなから税金を集めるのですが、多くの人が苦しい生活をしていました。税金を払うことが大変な人たちがたくさんいました。そうした中にあって、徴税人たちの中には高い税金を取って、その一部を自分のものにする人たちもいました。ザアカイはそうした徴税人たちの中でも一番偉い人でした。

 

ザアカイは多くの人たちから嫌がられていました。たくさんのお金をみんなから集めて、自分だけは良い生活をしてからです。誰もザアカイとおともだちになる人はいませんでした。ザアカイにはお金はたくさんありましたが、おとだちがいなかったのです。生活には困ることはありませんでしたが、さみしい思いをしていたかもしれません。

 

そんなある日、ザアカイが住んでいたところにイエスさまが来られました。イエスさまはいろんなところをめぐりあるいて困っている人、悲しんでいる人、苦しんでいる人たちを助け、神さまのことを伝えていました。多くのひとがイエスさまのことを聞いて、知っていたのでしょう。「イエスさまがここにも来たぞー!」みんな大喜び。たくさんの人たちがイエスさまの周りに集まってきました。ザアカイもそれを聞いてイエスさまに会いにいきます。しかし、たくさんの人がいて、イエスさまが見えません。たくさんの人がいたのと、ザアカイはみんなよりも背が低かったからでした。ザアカイはそれでもイエスさまと会いたかったのでイエスさまが進む道に先回りして、木の上に登って待っていました。そこにイエスさまが来られます。

 

すると、イエスさまは言います。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、あなたの家に泊まる」と。ザアカイはびっくりしたことでしょう。「僕の家に来てくれるのですか?」と。ザアカイは喜んでイエスさまを迎えます。

それを見たまわりの人たちは、「イエスさまは、あの嫌われ者のところに行くんだ・・・」と言います。もっと困っている人、苦しんでいる人、悲しんでいる人のところにいって助けてくれる人だと思っていたのに・・・。そう思ったのでしょう。

 

しかし、ザアカイはイエスさまに言います。「自分の持っているお金を困っている人たちにささげます」と。そして、これまでの自分の悪かったことをイエスさまにすべて話し、たくさん取ったお金を返すことを約束します。

 

イエスさまは誰もおともだちがいなかった嫌われ者のザアカイとおともだちになります。ザアカイはイエスさまがおともだちになってくれたことによって、優しい気持ち、まわりの人のことを想う気持ちを持つことを知りました。イエスさまはどのような人たちにも同じように出会います。みんな神様の子であることを伝えるために。

 

2月22日の聖書のお話 【聖書のおはなし】 2021-03-02 15:31 UP!

 

 

 

 

 

先週2月22日(月)の

月曜礼拝での

聖書のお話を掲載します。

 

 

 

 

 

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「待ってくれている神さま」

 

 

 

チャプレン 司祭 林 和広

 

聖句

 

「まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、

 

憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。」

 

ルカ15:20

 

2月22日

 

 

 

おはようございます。今日も元気に幼稚園に来てくれてありがとう。

 

 

 

みんな幼稚園で楽しく過ごしていますか?

 

 

 

幼稚園ではただ遊ぶだけでなく、お勉強したり、お歌を歌ったり、お片付けをしたり、お手伝いをしたりと、大変なこともたくさんあると思います。自分の好きなことだけしたいとか、先生やお父さん、お母さんの言うことを聞きたくない時もありますよね。

 

 

 

今日の聖句は、「放蕩(ほうとう)息子のたとえ話」ある物語からの言葉です。「放蕩」とは自分の好きなように自分だけのことを思って気ままに生きることです。イエスさまはたとえ話にそのような息子を登場させます。その息子自分の好きなことだけをしたくて、お父さんからたくさんのお金をもらって家を出で行ったけど、遊び過ぎてがついたらお金、住むところ、食べるもの、おともだちもいなくなってしまったのです。何にもなくなった息子は気づきます。「やっぱり家族がいるところがいいなあと。食べるもの、住むところもあって幸せだったのに、僕はそれに気づいていなかった・・・。家に帰ろう。そして、『ごめんなさいって言おう」と。家に近づきました。すると、お父さんがこっちを見ている。ずっと待っていたのです。そして、お父さんの方からこっちに向かって走って迎えにきてくれていたのです。

 

 

 

この息子は帰るまで「お父さん、すごく怒っているだろうなあ」とか、「家に入れてもらえなかったらどうしよう」とか、色々と考えていたことでしょう。どれだけ怒られるだろうか、と不安に思ったり、怖がっていたかもしれません。しかし、このお父さんはずっと心配して待っていてくれていたのです。そして、帰ってくると怒るどころか、とっても喜んでくれたのです。

 

 

 

聖書のこの物語に登場する「おとうさん」は神さま、息子はわたしたち人間を示しています。いろんな失敗や悪いことをしてしまったとき、神さまは自分のことをとっても怒っているだろうなあ、とか、もうゆるしてくれないかもしれないと、考えるかもしれません。でも、神さまはずっと帰ってくるのを待っています。悪いこともしてしまっても、失敗しても、神さまのところに戻っていけば、わたしたちが帰る場所をちゃんと用意して「おかえり」と両手を広げて迎え入れてくれるのです。

 

 

 

神さまの優しさは私たち人間よりもはるかに大きく、広く、深いのです。

 

 

 

 

 

 

 

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2月15日の聖書のお話 【聖書のおはなし】 2021-02-16 10:00 UP!

 

 

 

 

 

 

先日の生活発表会では

ご参加いただき

ありがとうございました

 

 

どのクラスも

当日まで楽しみながら

お稽古したことを

発揮できました

 

 

 

生活発表会のプログラム

実は4色

ご用意していました…

 

何色でしたか??

 

魔法学校風でした

 

 

 

 

 

生活発表会も終わり

3学期残すところ1ヵ月!

 

みんなが毎日元気に

楽しく過ごせますように

 

 

 

2月15日の聖書のお話を

掲載します。

 

 

 

 

 

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「分け合うこと」


 


チャプレン 司祭 林 和広


聖句


「イエスはパンを取り、


感謝の祈りを唱えてから、


座っている人々に分け与えあたえられた。」


ヨハネ6:11


2月15日


 


おはようございます。雨の中、元気に幼稚園に来てくれてありがとう。


ある日、イエスさまはいつものようなたくさんの人に神さまのことについてお話していました。イエスさまは一生懸命、神さまのお話をし、そのイエスさまのお話を聞く人たちもそのお話に夢中になっていました。気がつけばお腹の空く時間に・・・。でも、多くの人々は食べるものを持っていなかったようです。イエスさまはそれを見て弟子たちに、「どこかでパンを買って食べさせたい」、そう言います。でも、そこにはたくんさんの人たちがいて、「こんなにたくさんの人たちを食べさせるほどのお金はないですよ、」と答えます。さらに、お弟子さんの一人が「パン5つと魚2匹を持っている少年がいますけど、こんなわずかの食べ物ではみんなと分けることはできないですね」と言います。しかし、イエスさまはそこにいるすべての人々を座らせ、少年が持っていたわずかの食べ物を取って、神さまにお祈りします。「神さま、この食べ物をわたしたちに与えてくださり、ありがとうございます」と。すると、少しのパンと魚しかなかったのに、たくさんの人々と分け合うことができるようになったのです。何が起こったのでしょう?


 


わずかのパンと魚しか持っていなかった少年は、みんなと分けることができるようにと、イエスさまに自分の食べ物を渡します。「これはわたしのもの、誰にもあげない!」という心ではなく、これしかないけど、みんなで分け合えたらいいな、ってイエスさまにそれを差し出します。この少年の心はそこにいた多くの人々に広がっていきます。


少年のようにわずかの食べ物を持っていた人たちが他にもいたのではないでしょうか。聖書には書かれていないけど、どんどんとイエスさまのところへわずかな食べ物が集まっていったのかもしれません。


 


わたしたちが生きている今の世界には食べる物がなくて困っている人、命を失う人がいます。実際には、世界中の人たちが食べることができるくらいの食べ物があるのです。でも、たくさんのお金を持っている人、たくさんのお金を持っている国が、有り余るほどのたくさんの食べ物をどんどん買い占めているのです。そして、食べきれない食べ物はどんどんと捨てられているのです。食べることができない人がたくさんいるのに、捨てられるのです。これは大変悲しいことです。どうしてこのような世界になっているのでしょう。


 


イエスさまが「分け合う」ことを伝えられました。わずかなものでもみんなが出し合い、分け合えばみんなが食べることができ、幸せに生きることができることを伝えられました。これは夢のようなお話ではありません。一人ひとりがそうすることで本当に世界は変わっていくのです。

 

 

 

 

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2月8日の聖書のお話 【聖書のおはなし】 2021-02-09 18:03 UP!

 

 

 

 

 

先週の2月3日に

牧羊幼稚園に鬼が

やってきました…!!!

 

 

クラスごとに

豆まきを行いましたが、

 

反応はクラスによって

様々でした

 

 

お兄さん、お姉さんたちは

果敢に立ち向かい、

さすがだなぁと感じました

 

 

 

 

次は生活発表会ですね^^

 

 

みんなとても楽しみながら

取り組んでいます。

 

本番をお楽しみに

 

 

 

 

2月8日の聖書のお話を掲載します。

 

 

 

 

 

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「神さまによびかける」


 


チャプレン 司祭 林 和広


聖句


「天におられるわたしたちの父よ、


御名が崇められますように


マタイ6:9


2月8日


 


おはようございます。今日も寒い中、元気に幼稚園に来てくれてありがとう。


 


幼稚園では今こうしてみんなで集まってお祈りする時間があります。お祈りとは何でしょう?


 


今朝の聖書の言葉は、イエスさまといつも一緒にいたお弟子さんたちが、イエスさまにお祈りについて教えてください、とお願いした時に、イエスさまが弟子たちに伝えられたお祈りです。みんなが今日のお祈りやお誕生日会でもおささげする「主の祈り」の中にあることばです。


 


お祈りとは「〜してください」というお願いごともありますが、最初にするのは」神さまへの呼びかけです。


 


「天におられるわたしたちの父よ」という呼びかけは、天におられる神さまへの呼びかけです。おとうさん、おかあさん、先生やおともだちのお名前を呼んで、何かを話すように、天におられる神さまに呼びかけるのです。


 


「御名が崇められますように」ということば。むずかしいことばですが、みんなが神さまに呼びかけ、神さまのことをいつも大切に想うことができますように、という願いです。


 


イエスさまはこの祈りを通して、いつも神さまに呼びかけること、そして、神さまのことをいつも忘れないで、大切に想うことを伝えます。


 


おとうさんやおかあさん、先生たち、おともだちが、みんなから呼びかけられ、いろいろなお話を聞いてうれしい気持ちになるように、神さまはみんなから呼びかけられ、みんなのいろいろな想いをききたいのです。そして、いつも神さまとつながって生きていけるようにと力を与えたいと想っているのです。


 


神さまは目には見えないので、ふと、忘れてしまうことがあるかもしれないけど、神さまはいつもみんなのそばにいて、見守ってくれています。そして、どのように過ごしているかを見てくれています。神さまへ呼びかけを楽しみに待ってくれています。今、このお祈りの時間を通して、神さまはとっても喜んでおられるでしょう。


 


今日はいい天気です。神さまの見守りの中で、楽しく元気に過ごすことができますように。


 

 

 

 

 

 

 

 

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2月1日の聖書のお話 【聖書のおはなし】 2021-02-02 18:05 UP!

 
 

 

 

 

 

今日2月2日は節分ですね

 

 

幼稚園では一日遅れて

明日に豆まきをする予定ですが、

 

今日、鬼のお面を

被って帰ったクラスもありました!

 

園庭がかわいい鬼だらけでしたね

 

 

 

 

今日はひよこ組、もも組が

青鬼と戦っていました

 

写真はもも組さんです!

 

大盛り上がりでした

 

 

明日の豆まきは

鬼にどう立ち向かうか

みんなの様子が楽しみです^^

 

 

 

 

 

 

 

 

2月1日の聖書のお話を掲載します。

 

 

 

 

 

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「イエスさまのよびかけ」


 


チャプレン 司祭 林 和広


聖句


「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」


マタイ4:19


2月1日


 


おはようございます。今日も寒い中、元気に幼稚園に来てくれてありがとう。


 


幼稚園ではただ遊ぶだけでなく、みんなでお片付けをしたり、劇をしたり、何かを作ったりして、みんなで力を合わせることを大事にしていると思います。一人でやるよりも周りの人の助けがあった方がいろんなことができます。自分一人ではできないことが周りの人の助けがあればできることがあります。


 


今朝の聖書のことばは、イエスさまが湖でお散歩していたときに、そこでお魚をとっていた漁師さんに対して言われたことばです。


 


大きくなって大人になったイエスさまは、神さまのことをみんなに伝えよう!イエスさまはそのために旅に出ることにしました。でも、自分一人で旅に出て神さまのお話をするのではなく、一緒に旅をしてくれるおともだちが欲しい、そう思われたのです。これは大変な仕事だ、誰かの助けが欲しい、そう思ったのです。そう思いながら湖のほとりを歩いているときに、湖で魚をとって戻ってきた漁師さんたちと出会ったのです。「一緒に神さまのお話を伝える旅に出ない?」、「僕と一緒に旅に行かない?」そう声をかけます。漁師さんたちは「なんで?僕たちは魚をとる仕事があるんだけどなあ」そう思ったことでしょう。


 


イエスさまは魚をとる仕事も大事かもしれないけど、困っている人、悲しんでいる人、その他、いろんな思いをもっている人たちに神さまがどれだけその人たちのことを大切に思っているかを伝えたい、だけども、それは僕一人ではできない・・・ みんなの助けが欲しい、そういう気持ちを漁師さんに伝えたのです。


 


漁師さんたちはイエスさまの思いを受けて、イエスさまと一緒に旅に出て行きます。イエスさまは自分のことを必要としている、助けて欲しいと願っている、そうであれば助けたい、力をかしてあげたい、そのような気持ちへと変わっていったのです。


 


イエスさまは一人でなんでもやってやろう、そう考える人ではありませんでした。一人ではできないことも、みんなで力を合わせればなんでもできる、ひとりひとりの力が大事なのだ、ということを知っていました。周りの人の力を大切にしました。


 


みんな一人ひとりいろんな特別な力を持っています。それを、みんなが出し合って、分け合って生きていくことを大切にして欲しいと思います。今日も元気で楽しく過ごすことができますように。

 

 

 

 

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