11月22日の聖書のお話 【聖書のおはなし】 2021-11-22 20:30 UP!

 

「アドヴェント

 

聖書のことば

 

「おめでとう、恵まれた方。

主があなたと共におられる」

ルカ 1:28

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。元気ですか?

 

今朝の聖書の言葉は「おめでとう。恵まれた方。主はあなたと共におられる」ということばです。

 

これから聖劇の準備に入りますけど、去年、聖劇を見たおともだちはこの言葉、覚えているかな?

 

この言葉は大天使ガブリエルからマリアさんに与えられたことばです。マリアさんのお腹の中に神の子であるイエスさまが宿ってお生まれになるよ、というお告げが与えられた時の言葉です。

 

今年は11月28日からアドヴェントという期節に入ります。12月25日のクリスマスまでの準備の期間を過ごします。「アドヴェント」とは「これから来る」という意味があります。何が来るか?

 

イエス様のお誕生日であるクリスマスの日が来ることと、もう一つのことがあります。聖書ではこの世にお生まれになったイエスさまは今は天に昇られて天からみんなのことを見守ってくれて、目には見えないけどいっしょにいてくれていることが記されているけど、そのイエス様はふたたびこの世界に来る、ということが書かれています。

 

いつ、どんな感じで来るのはわからない。でも、この世界に来て、お祝いの時が始まる日を待っている。クリスマス前のこの時期にこのことも思い出します。

 

みんなクリスマスツリーとかリースの準備してますか? 

 

教会ではアドヴェントの始まりの日からツリーとかリースを出して、クリスマスを待ちます。キラキラとキレイに光るイルミネーションも出します。いろんな飾りつけをして、嬉しい気持ちになりますね。

 

サンタさんにお手紙書いたかな? サンタさん、神さまから今年もよろしくねってお願いされて、みんなのためにせっせとプレゼントの準備をしてますよ。

 

クリスマスまで楽しみしながら過ごしてくださいね。

 

 

 

10月15日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-11-15 18:00 UP!

 

「おやさい

 

聖書のことば

「わたしは、

主が与えられた地の実りの初物を、

今、ここに持って参りました。」

申命記 2610

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。元気ですか?

 

みんな、朝ごはん、しっかりと食べましたか?

 

お野菜も食べたかな?

 

今週は収穫感謝礼拝と呼ばれる礼拝をおささげする予定です。収穫とは畑でできたお野菜を取り入れることです。たくさんのお野菜が取れて、食べることができることに「ありがとう」とお祈りすることを収穫感謝礼拝といいます。

 

お野菜をおうちで作っているおともだちもいると思いますが、お野菜を作るには、お水がたくさんいるし、お水だけでなく、お空から照らされる太陽の光が必要になります。お水のもととなる雨も必要です。雨が降らずに天気の良い日ばかり続くと畑はカラカラになるし、雨ばかりで空からの太陽の光がなければ、畑は雨でベチャベチャになるし、太陽の光からくる栄養もいただくことができません。天気の日、雨の日がうまく繰り返されて、おいしいお野菜ができます。お野菜はみんなの体を元気にしてくれるたくさんの栄養が入っていて、みんなをいろんな病気から守ってくれます。私たちが生きていく上でなくてはならない食べ物です。

 

今日の聖書のことばは、これらいろんなお野菜を与えてくれるのは、天におられる神さまにちゃんとお野菜ができたことに感謝して、そのお野菜を神さまにお捧げする人たちの言葉です。

 

神さまはみんなが元気になってほしいと思って、空からたくさんの栄養を注いでくれます。太陽の光、雨など、これらはすべて天の神さまから来るものです。みんなが食べているお野菜の中に、「元気になってね」という神様の想いがこめられています。また、みんなに美味しい野菜を食べてほしいとたくさんのお野菜を作る人たちの想いも込められています。

 

苦手なお友達もいるかもしれないけど、食べることができるお野菜を見つけて、しっかりかんで、食べて、どんどん、大きくなってくださいね。

 

 

11月8日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-11-08 18:00 UP!

 

「おたがいに、あたえあう

 

聖書のことば

「与えなさい。

そうすれば、あなたがたにも与えられる。」

ルカ 6:38

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。元気ですか?

 

今朝の聖書のことばは「与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる」ということば。

 

「あたえる」と言うことば、わかりますか?

 

「どうぞ」と他の人にあげることですけど、普通に考えてなんでもかんでも自分のモノをあげることはできないのでどんな意味があるのかな?って思うところです。

 

大事なのはみんな一人ひとりが、「どうぞ」という気持ちをもってわけあうということだと思います。

 

みんなが幼稚園でつかっているいろんなものも、「これは自分のものだ」、「他のおともだちは使ってはダメ」と言って、全部、自分のものにしないで、みんなが楽しくあそぶためにわけあうことだと思います。

 

だれかが優しく「どうぞ」と言ってくれたらうれしい気持ちになると思います。そして、そのうれしい気持ちを今度はだれかにわけあう。そのようなうれしい気持ちがどんどん広がっていくようにしていくココロをみんな一人ひとりがもってくれたら、みんながうれしく、楽しい気持ちになると思います。

 

「どうぞ」とわけあうのは、幼稚園にあるおもちゃや園庭で遊ぶ乗り物だけではなりません。

 

わたしは毎週、聖書のおはなしをさせていただいていますが、聖書によれば、わたしたち人間、この世界にあるすべての生き物は神さまがお造りになられたとあります。神さまが私たちにいのちを与えてくれている。その私たちの心の中には「やさしいココロ」があたえられているのです。みんな、おたがいにあたえあうためにです。

 

目には見えないものですが、困っているおともだちがいれば、優しいココロをもって「だいじょうぶ?」と声をかけてほしいです。

 

みんながそのやさしいココロをわけあうとその優しいココロが自分のところにもどってきます。自分が困っているときには、誰かがきっと助けてくれるのです。

 

みんなでそのやさしいココロをこの幼稚園に広げていきましょうね。

 

 

11月1日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-11-01 18:00 UP!

「どんなときも、ともだち

 

聖書のことば

「どのようなときにも、友を愛すれば

苦難のときの兄弟が生まれる」

箴言 1717

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。元気ですか?

 

ひまわり組のみんなは昨日、デイキャンプで楽しい1日を過ごしましたね。楽しかったと思うけど、疲れてないですか? 最後の幼稚園でのデイキャンプ。運動会、遠足、そして、デイキャンプと、一つ一つの同じクラスのおともだちとの行事が終わっていきますが、大切な思い出として心の中に残してほしいと思います。その他のクラスのみんなも同じです。一つ一つの時間を大事にしてほしいと思います。

 

今朝の聖書のことばは、「どのようなときも、友を愛すれば、苦難のときの兄弟が生まれる」ということば。

 

たくさんの人がいる中で、偶然にも同じ年に生まれて、そして、偶然にも、同じ幼稚園に入ってきたみんな。不思議なつながりがあります。そのつながりの中で、いろんなことをいっしょにやって、考えて、助け合って、今日まで来ました。これから12月の聖劇に向けての準備があるとおもうけど、この不思議なつながりを大切にして、過ごして欲しいです。

 

みんなの前、後ろ、となりにいるおもだちはみんな、神さまが与えてくれたともだちです。今朝の聖書のことばの中で「どんなときも」、ということばがあります。「いつも」という意味ですが、そこには、うれしい、楽しいときだけでなくて、かなしい、きついときもあります。元気がないときもあります。「今日は幼稚園行くのはイヤだなあ」とか、「おかあさんの離れるのさみしいなあ」とツライ気持ちになることがあります。

 

そんな気持ちになってかなしそうにしているおともだちがいたらそばにいってあげてください。おともだちがこのようなときにあるときにこそ、やさしいココロをもって、おともだちのそばにいてあげてください。大丈夫?と声をかけてあげてください。すぐには元気出ないかもしれないけど、そのやさしいココロはきっとそのおともだちの心に残ることでしょう。

 

「いつも」の中にあるかなしいとき、さみしいとき、つらいときにこそ、おともだちのささえが必要なのです。

 

今日も楽しく過ごしてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

遠足に行ってきました! 【きょうのぼくようっこ】 2021-10-28 15:31 UP!

学芸員さんのお話
学芸員さんのお話
どんぐりの実をつぶそう!
どんぐりの実をつぶそう!
古代船でしゅっぱーつ!!
古代船でしゅっぱーつ!!
中には何があるかな?
中には何があるかな?

 今日は待ちに待った遠足の日、気持ちの良い秋晴れの一日となりました。

 バスに乗って県立考古博物館へ。バスの中では歌を歌ったり、クイズをしたり、おしゃべりをしたりと、楽しく過ごす事ができました。

 考古博物館につくと、学芸員さんとご挨拶をした後、博物館でのお約束を聞いてからさあ出発!クラスごとに分かれて見学・体験をしました。

 石器をつかう体験教室では、どんぐりの中の実を石でつぶしてみました。(これは持ち帰っています。残念ですが食べられません…)

 展示物を目をまるくして見つめたり、古代船にのって大はしゃぎしたりして、博物館の見学を満喫していました。

 疲れてしまったのか、帰りのバスの中では眠ってしまうお友だちも…。

 みんなで行った遠足、楽しかったね!

 

10月25日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-10-25 18:20 UP!

 

「神さまに守られたヨナ

 

聖書のことば

「ヨナは三日三晩魚の腹の中にいた」

ヨナ 21

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。雨がよく降ってます。寒いです。その中にあって幼稚園に来てくれてありがとう。元気ですか?

 

毎週月曜日の幼稚園の礼拝で、私は聖書のお話させていただいていますけど、いつもみんなのそばに神さまがいっしょにいてくれる、ということをお話してます。いつもいっしょにいるから安心してねっていうお話をしています。

 

私のことをみんな「司祭」と呼んでくれていますが、「司祭」がすることの一つは、みんなに神さまのことを伝えることです。どんなときでも、そのことを伝える。そのために、私はみんなの前に立って、お話ししています。神さまがいつもいっしょにいてくれるということを信じています。

 

今朝の聖書の言葉は、聖書の中にあるヨナ書の中にあることばです。ヨナという人は、私と同じく、神さまのことを伝える、という使命をあたえられていたのですが、それがイヤになって神さまから逃げるために、船に乗りこんで、自分がいるところから離れようとしていました。すると、急に嵐がやってきて、ヨナが乗っている船が大変なことになりました。船が嵐でひっくり返されるくらいのすごい波がおそってきて、船に乗っていた人たちはおおさわぎしていました。船に乗っている人たちは、これは何かがあって神さまが怒って、嵐を呼んでいるのだ、神さまを怒らせた人はだれか? とお互いに言い合います。そして、誰が神さまを怒らせたのかとくじを引いて確かめよう、そう言い合います。そして、くじを引くと、ヨナに当たった。そして、ヨナに何があったのかと聞きます。ヨナは自分が神さまから逃げるために船にのりこんだことを話すと、みんなはどうすればこの嵐がおさまるのかとヨナに聞きます。

 

ヨナは自分を海に投げ込んでくれ、そう言います。自分が神さまから逃げたのが悪かった。自分のせいでこんな嵐になった。自分が海に落ちて苦しめば、神さまがゆるしてくれるかもしれない、そう思った。ヨナの話を聞いた人たちがヨナをかついで嵐の中の海に投げ込んだ。すると嵐がおさまった。

 

ヨナはどうなったのだろう? 死んでしまったのだろうか? 嵐の中の海、とっても怖い海。どうなったのだろう。深くて、暗い海の中、想像しただけでもこわい。みんな、ヨナが神さまから逃げたので、それで神さまが怒って嵐を起こしたと思っていました。ヨナが海の中に投げ入れられて苦しめば、神さまが許してくれると思ったのです。

 

でも、それは違っていました。神さまが海に落ちたヨナが沈んで死んでしまわないようにと、大きな魚にヨナを助けるように命令します。大きな魚はパクッと自分の大きなお腹の中にヨナを入れて、沈んで死んでしまうことがないようにしてくれたのです。

 

どんなときでも神さまは見てくれている。決して怒ってもう知らないとは思わない。本当に困った時、苦しい時、神さまはそばにいてくれている、守ってくれている。逃げたから、もう許さないぞー、と怒る神さまではなく、本当に大変なときに助けてくれる神さまがいます。

 

みんな安心して元気に生きて欲しいと思います。今日は雨ですけど、お部屋の中で元気で楽しく過ごすことができますように。

 

 

10月18日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-10-18 18:00 UP!

「ソロモン王の願いごと

 

聖書のことば

「善と悪を判断することができるように、

この僕に聞き分ける心をお与えください」

列王記上 3:9

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。だいぶ涼しくなってきましたね。元気ですか?

 

みんな、昨日はどんな夢を見ましたか? 昨日見た夢、覚えていますか?

 

今日の聖書のことばは、ソロモンという王様のことばです。先週、ダビデとゴリアトの物語のおはなしをしましたけど、羊飼いの少年ダビデは大きくなるとイスラエルという国の王様になります。ソロモンはこのダビデ王の子供で、ダビデ王のあとに王様になります。ソロモン王の時代にはイスラエルという国はどんどん大きな国となっていきますが、ある夜、ソロモン王は夢を見ます。その夢の中に神さまが現れて、願い事があれば叶えてあげようとソロモン王に言います。

 

みんなだったら、何をお願いしますか?

 

ソロモン王は何と言ったか。「善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください」、ソロモン王はこのように願います。善と悪とは、「良いこと」と「悪いこと」という意味ですが、何が良いことで、何が悪いことかをきちんとわかることができるようにしてください、そのようにソロモン王は神さまに願います。もっとお金くださいとか、もっと自分の国を大きくしてくださいとか、いつまでも長生きできるようにしてくださいという願い事ではなくて、「知恵(ちえ)」を求めました。「知恵」ってことば、聞いたことがあると思います。今、何をすべきか、これは良いこと、悪いこと、何が自分にとって大切かということがわかるチカラです。ソロモン王はこれを求めました。

 

これは良いこと、悪いこと、みんなよくわかっていると思います。でも、不思議なんですけど、大人になってからの方が、良いこと、悪いことの区別がだんだんつかなくなって、人を傷つけたりしてしまうことがたくさんあります。戦争、争い、人を傷つけること、モノを奪い合うということはしてはいけないとわかっているのに人間はこのようなことを繰り返しているのです。

 

ソロモン王はこれのことをよくわかっていました。これは良いこと、悪いこと、今、何をすべきかがきちんとわかってできるためには、神さまからその「チカラ=知恵」をいただく必要があることを知っていました。神さまはこのソロモン王の願い事を喜びました。そして、ソロモンにその知恵を与えました。

 

みんな、今日の礼拝のはじめに「ちから」という歌を歌いましたけど、その中で、信じるチカラを与えてください、と歌いましたね。同じように神さまに「良いこと、悪いことがきちんとわかるチカラをあたえてください」とお願いしてほしいと思います。

 

大きくなっても、キレイなココロで、良いこと、悪いこと、今、すべきことがわかる知恵が与えられるように、神さまに願うココロを大事にしてくださいね。

 

 

10月11日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-10-11 18:00 UP!

 

「神さまがまもってくれる 

 

聖書のことば

「主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされない」

サムエル記上 17:47

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。元気ですか?

 

今朝の聖書のことばは、「主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされない」ということば。

 

今日のお話は先週お話した羊飼いの少年ダビデという人の物語の続きです。聖書の物語を描いた絵本にもある「ダビデとゴリアト」の物語の中にあることばです。

 

 

剣や楯、というものはわかりますか? 人が戦うために使う道具です。ダビデはイスラエルという国にいるイスラエル人でしたが、そこにペリシテ人と呼ばれる人たちがたくさんの武器をもって、戦いに来ました。ペリシテ人とはたくさんの武器をもつ、強い人たちで、いろんなところに入ってきては争いをかさねていました。その中でも一番体が大きく、立派な鎧を身につけ、槍を持つ兵士であったゴリアトという兵士がいました。ペリシテ人最強の兵士でした。彼が出てくると、イスラエル人の兵士たちは怖がって逃げ出し、何にもできずにいました。

 

そんな中、ダビデはゴリアトに立ち向かうという気持ちを抱きます。ダビデは生きておられる神様がいっしよにいてくれること、どんなに相手が強い大男、兵士であったとしても、神様が守ってくれることをサウル王に伝えます。でも、サウル王は「兵士でもない、羊飼いの少年が、体が大きく、兵士の中でも一番強い兵士であるゴリアトに勝てるはずがない・・・」。そうダビデに答えます。

 

どう思いますか? サウル王の言っていることは間違っていないように思うのですが、みんなはどう思いますか? 少年ダビデがゴリアトに勝てると思いますか?

 

サウル王は最終的にダビデの気持ちを受け取り、好きなようにするように言います。そして、ダビデはゴリアトのところに向かって行ったのです。

 

さあ、ダビデにゴリアトが近づいてきます。「さあ、来い」と。そこで、今朝の聖書の言葉をダビデは言います。「主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされない」と。「救われるために剣や槍を持って振りまわす必要はない。神さまが助けてくれるのだから」。そういう意味が込められています。

 

神様の前ではどんな立派な剣や槍をもっていても、全く関係ない。どんなに強い人間であっても、神さまを倒す人間などいない。そう言ったダビデは、手にもっていた小さな石をとって、石投げ紐を使ってヒョイヒョイと飛ばすと、それがゴリアトに当たっておしまい。ダビデはゴリアトからイスラエルを守ったのでした。そのような物語です。

 

これははるか昔の物語ですが、今のわたしたちの世界にもあてはまる物語です。

 

今、生きているわたしたちの世界でも、たくさんの武器、戦車、戦闘機、戦艦を揃えて、「俺たちに勝てると思っているのか?」とお互いに自分たちのもっている武器を見せつけて争っています。

 

ダビデといっしょにいた神様は、今も生きておられます。これを見て、どう思われているのでしょうか?

 

きっと、お互いに武器を見せつけ合うのはやめて、神様の方を見てくれることを望んでおられると思います。奪い合ったり、争ったりするのをやめて、神さまのもとで一つになるために。

 

 

10月3日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-10-04 18:00 UP!

 

「目に見えない心の中を見て 

 

聖書のことば

「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」

サムエル記上 16:7

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。元気ですか?

 

今朝の聖書のことばは、「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」ということばです。

 

僕幼稚園の中に教会がありますが、教会には「洗礼」というキリスト教の儀式があります。教会で洗礼を受けると洗礼名という名前があたえられます。私は生まれたばかりの赤ちゃんの時に洗礼を受け、「ダビデ」という名前がつけられました。

 

ダビデという人は、今から何千年も前の人で、イスラエルという国の王様になった人です。ダビデは王様の家に生まれた王子様ではありませんでした。小さな村の羊飼いとして羊の世話をしていたときに、将来の王様になる人として神さまから選ばれて王様になった人です。

 

今朝の聖書のことばは、今、話したダビデという人が王様になる人に選ばれていくという物語の中にあることばです。あるとき、神さまは、その時の王様であったサウルという王様に代わる新しい王を見つけたことをサムエルという人に伝えます。サムエルという人は小さな頃からずっと神さまのそばにいた人でした。神さまは、サムエルに自分が見つけた新しい王様になる人に会いにいくようにと命令します。しかし、神さまはその王様がどのような人であるかは伝えませんでした。神さまはベツレヘムというところに住んでいるエッサイという人の息子の中に、新しい王様になる人がいるということだけを伝えました。

 

会いに行くとエッサイにはたくさんの息子がいました。サムエルはそのたくさんいる息子の中から新しい王様となる人を見つけなければなりませんでした。みんながもし、サムエルだとしたらどのような息子を選びますか?王様になるには強くなければならない。そうだとしたら、背が高い体の大きい人でなければならない、そう思うかもしれない。また、王様はいろんなことを知っていなければならない。そうだとしたら、たくさん勉強をしていて、何でも知っている人でなければならない、そう思うかもしれない。また、王様は人気者でなければならない。だとしたらみんながうらやましがるようなかっこいい人を選んだ方がいいかもしれない。サムエルはどうしようかと考えていた。すると、神さまがサムエルにこう言います。「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」と。

 

背が高い、カッコいい、勉強ができるとかは関係ない。神さまはそのようなところを見ていない。神さまが見ているのは、目には見えない胸の中にある心であると言います。心の中がキレイな人、その人が王さまになると。そのようにサムエルに言います。そして、その息子の中からダビデが選ばれたのです。ダビデの心はとってもキレイだったのです。

 

わたしたち人間は目に見えるもの、背の高さとかかっこいい顔、キレイな顔とか、勉強ができるなど、目に見えるものがよくなるようにと願います。だけども、神さまはそこを見ない。目には見えない心の中を見ます。目には見えない心の方が目に見えるものよりも大事なのです。

 

目には見えない自分の心の中の見てくださいね。自分の心のこと、大切に想って欲しいです。

 

今日も1日に良き日でありますように。

 

 

9月26日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-09-27 18:00 UP!

 

「目に見える羊飼いに守られて

 

聖書のことば

「主は羊飼い、わたしは何も欠けることがない。」

詩篇 23:1

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。元気ですか?

 

こないだ園長先生とお話していたときに、園長先生から、「『牧羊幼稚園』という名前の幼稚園は日本の中でここだけなの」ということを聞きました。キリスト教の教会の保育園、幼稚園というのは日本にはたくさんあります。でも、その中で「牧羊幼稚園」という名前はたった一つしかない。

 

「牧羊」とは、羊を育てる、という意味がありますが、この名前はこの幼稚園に深い関わりのあるシェバード先生のお名前からきているそうです。シェパードとは「羊飼い」という意味があります。たくさんいる羊の群れといつも一緒にいて、守り、羊が大好きな草を食べて元気で生きていくことができるようにしてくれます。

 

羊飼いの生活は、二通りあって、一つはとっても大きな丘などに家を建て、囲いを作ってその中で羊とともに生きる生活と、もう一つは羊が食べる草を求めて、長い時間をかけて羊たちと旅をする羊飼いの生活があります。羊飼いはたくさんいる羊の顔をきちんと覚えていて、一匹ずつ名前をつけて大切にします。オオカミなど羊に襲いかかる怖い動物がいますが、そのような怖い動物から羊を守ります。羊飼いは羊のために生きています。羊は羊飼いのことが大好きで、安心して、羊飼いと一緒に過ごします。

 

今朝の聖書のことばは、「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない」ということばです。このことばは聖書の中にある詩篇という書物からのことばですが、このことばを書いた人は、神さまのことを羊飼いと呼んでいます。そして、わたしたち人間は羊であることを伝えます。羊飼いが羊のことをいつも大切にし、いつも守ってくれて、いつも安心して生きるようにしてくれているように、神さまはみんなことを大切に想い、守ってくれていることを伝えてくれているのです。

 

目には見えない神さまがみんなのことを守ってくれています。そして、目には見えない羊飼いである神さまは、みんなに目に見える羊飼いを与えてくれています。目に見える羊飼いを通して、目には見えない神さまがいつも一緒にいてくれていることをみんなに知らせるためです。

 

目に見える羊飼い、誰でしょう?それはみんなの目の前、周りにいる先生たちのことです。先生たちが神さまから与えられた目に見える羊飼いとして、みんなのことを守り、大切にしてくれます。みんなが安心して過ごし、遊び、いろんなことを学びながらどんどんと成長していくことができるように一緒にいてくれます。

 

先生たちを通して、目には見えない神さまがいてくれることを感じながら、安心して、この幼稚園で生活してください。今日も1日、楽しい日でありますように。