• TOP > 
  • カテゴリ

【カテゴリ】  聖書のおはなし

10月11日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-10-11 18:00 UP!

 

「神さまがまもってくれる 

 

聖書のことば

「主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされない」

サムエル記上 17:47

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。元気ですか?

 

今朝の聖書のことばは、「主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされない」ということば。

 

今日のお話は先週お話した羊飼いの少年ダビデという人の物語の続きです。聖書の物語を描いた絵本にもある「ダビデとゴリアト」の物語の中にあることばです。

 

 

剣や楯、というものはわかりますか? 人が戦うために使う道具です。ダビデはイスラエルという国にいるイスラエル人でしたが、そこにペリシテ人と呼ばれる人たちがたくさんの武器をもって、戦いに来ました。ペリシテ人とはたくさんの武器をもつ、強い人たちで、いろんなところに入ってきては争いをかさねていました。その中でも一番体が大きく、立派な鎧を身につけ、槍を持つ兵士であったゴリアトという兵士がいました。ペリシテ人最強の兵士でした。彼が出てくると、イスラエル人の兵士たちは怖がって逃げ出し、何にもできずにいました。

 

そんな中、ダビデはゴリアトに立ち向かうという気持ちを抱きます。ダビデは生きておられる神様がいっしよにいてくれること、どんなに相手が強い大男、兵士であったとしても、神様が守ってくれることをサウル王に伝えます。でも、サウル王は「兵士でもない、羊飼いの少年が、体が大きく、兵士の中でも一番強い兵士であるゴリアトに勝てるはずがない・・・」。そうダビデに答えます。

 

どう思いますか? サウル王の言っていることは間違っていないように思うのですが、みんなはどう思いますか? 少年ダビデがゴリアトに勝てると思いますか?

 

サウル王は最終的にダビデの気持ちを受け取り、好きなようにするように言います。そして、ダビデはゴリアトのところに向かって行ったのです。

 

さあ、ダビデにゴリアトが近づいてきます。「さあ、来い」と。そこで、今朝の聖書の言葉をダビデは言います。「主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされない」と。「救われるために剣や槍を持って振りまわす必要はない。神さまが助けてくれるのだから」。そういう意味が込められています。

 

神様の前ではどんな立派な剣や槍をもっていても、全く関係ない。どんなに強い人間であっても、神さまを倒す人間などいない。そう言ったダビデは、手にもっていた小さな石をとって、石投げ紐を使ってヒョイヒョイと飛ばすと、それがゴリアトに当たっておしまい。ダビデはゴリアトからイスラエルを守ったのでした。そのような物語です。

 

これははるか昔の物語ですが、今のわたしたちの世界にもあてはまる物語です。

 

今、生きているわたしたちの世界でも、たくさんの武器、戦車、戦闘機、戦艦を揃えて、「俺たちに勝てると思っているのか?」とお互いに自分たちのもっている武器を見せつけて争っています。

 

ダビデといっしょにいた神様は、今も生きておられます。これを見て、どう思われているのでしょうか?

 

きっと、お互いに武器を見せつけ合うのはやめて、神様の方を見てくれることを望んでおられると思います。奪い合ったり、争ったりするのをやめて、神さまのもとで一つになるために。

 

 

10月3日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-10-04 18:00 UP!

 

「目に見えない心の中を見て 

 

聖書のことば

「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」

サムエル記上 16:7

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。元気ですか?

 

今朝の聖書のことばは、「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」ということばです。

 

僕幼稚園の中に教会がありますが、教会には「洗礼」というキリスト教の儀式があります。教会で洗礼を受けると洗礼名という名前があたえられます。私は生まれたばかりの赤ちゃんの時に洗礼を受け、「ダビデ」という名前がつけられました。

 

ダビデという人は、今から何千年も前の人で、イスラエルという国の王様になった人です。ダビデは王様の家に生まれた王子様ではありませんでした。小さな村の羊飼いとして羊の世話をしていたときに、将来の王様になる人として神さまから選ばれて王様になった人です。

 

今朝の聖書のことばは、今、話したダビデという人が王様になる人に選ばれていくという物語の中にあることばです。あるとき、神さまは、その時の王様であったサウルという王様に代わる新しい王を見つけたことをサムエルという人に伝えます。サムエルという人は小さな頃からずっと神さまのそばにいた人でした。神さまは、サムエルに自分が見つけた新しい王様になる人に会いにいくようにと命令します。しかし、神さまはその王様がどのような人であるかは伝えませんでした。神さまはベツレヘムというところに住んでいるエッサイという人の息子の中に、新しい王様になる人がいるということだけを伝えました。

 

会いに行くとエッサイにはたくさんの息子がいました。サムエルはそのたくさんいる息子の中から新しい王様となる人を見つけなければなりませんでした。みんながもし、サムエルだとしたらどのような息子を選びますか?王様になるには強くなければならない。そうだとしたら、背が高い体の大きい人でなければならない、そう思うかもしれない。また、王様はいろんなことを知っていなければならない。そうだとしたら、たくさん勉強をしていて、何でも知っている人でなければならない、そう思うかもしれない。また、王様は人気者でなければならない。だとしたらみんながうらやましがるようなかっこいい人を選んだ方がいいかもしれない。サムエルはどうしようかと考えていた。すると、神さまがサムエルにこう言います。「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」と。

 

背が高い、カッコいい、勉強ができるとかは関係ない。神さまはそのようなところを見ていない。神さまが見ているのは、目には見えない胸の中にある心であると言います。心の中がキレイな人、その人が王さまになると。そのようにサムエルに言います。そして、その息子の中からダビデが選ばれたのです。ダビデの心はとってもキレイだったのです。

 

わたしたち人間は目に見えるもの、背の高さとかかっこいい顔、キレイな顔とか、勉強ができるなど、目に見えるものがよくなるようにと願います。だけども、神さまはそこを見ない。目には見えない心の中を見ます。目には見えない心の方が目に見えるものよりも大事なのです。

 

目には見えない自分の心の中の見てくださいね。自分の心のこと、大切に想って欲しいです。

 

今日も1日に良き日でありますように。

 

 

9月26日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-09-27 18:00 UP!

 

「目に見える羊飼いに守られて

 

聖書のことば

「主は羊飼い、わたしは何も欠けることがない。」

詩篇 23:1

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。元気ですか?

 

こないだ園長先生とお話していたときに、園長先生から、「『牧羊幼稚園』という名前の幼稚園は日本の中でここだけなの」ということを聞きました。キリスト教の教会の保育園、幼稚園というのは日本にはたくさんあります。でも、その中で「牧羊幼稚園」という名前はたった一つしかない。

 

「牧羊」とは、羊を育てる、という意味がありますが、この名前はこの幼稚園に深い関わりのあるシェバード先生のお名前からきているそうです。シェパードとは「羊飼い」という意味があります。たくさんいる羊の群れといつも一緒にいて、守り、羊が大好きな草を食べて元気で生きていくことができるようにしてくれます。

 

羊飼いの生活は、二通りあって、一つはとっても大きな丘などに家を建て、囲いを作ってその中で羊とともに生きる生活と、もう一つは羊が食べる草を求めて、長い時間をかけて羊たちと旅をする羊飼いの生活があります。羊飼いはたくさんいる羊の顔をきちんと覚えていて、一匹ずつ名前をつけて大切にします。オオカミなど羊に襲いかかる怖い動物がいますが、そのような怖い動物から羊を守ります。羊飼いは羊のために生きています。羊は羊飼いのことが大好きで、安心して、羊飼いと一緒に過ごします。

 

今朝の聖書のことばは、「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない」ということばです。このことばは聖書の中にある詩篇という書物からのことばですが、このことばを書いた人は、神さまのことを羊飼いと呼んでいます。そして、わたしたち人間は羊であることを伝えます。羊飼いが羊のことをいつも大切にし、いつも守ってくれて、いつも安心して生きるようにしてくれているように、神さまはみんなことを大切に想い、守ってくれていることを伝えてくれているのです。

 

目には見えない神さまがみんなのことを守ってくれています。そして、目には見えない羊飼いである神さまは、みんなに目に見える羊飼いを与えてくれています。目に見える羊飼いを通して、目には見えない神さまがいつも一緒にいてくれていることをみんなに知らせるためです。

 

目に見える羊飼い、誰でしょう?それはみんなの目の前、周りにいる先生たちのことです。先生たちが神さまから与えられた目に見える羊飼いとして、みんなのことを守り、大切にしてくれます。みんなが安心して過ごし、遊び、いろんなことを学びながらどんどんと成長していくことができるように一緒にいてくれます。

 

先生たちを通して、目には見えない神さまがいてくれることを感じながら、安心して、この幼稚園で生活してください。今日も1日、楽しい日でありますように。

 

9月13日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-09-13 18:10 UP!

 

「いろんな思い、力を出し合う

 

聖書のことば

「心を一つにし、思いを一つにして、

固く結び合いなさい」

コリントの信徒への手紙1 11

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。少し涼しくなってきました。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。

元気ですか?

 

去年からコロナウイルスが日本に入ってきて、日本中に広がっていって、たくさんの人がコロナウイルスによって苦しい思いをしています。1年以上経った今でもコロナウイルスはあちこちにたくさん広がって、なかなか消えてくれません。そのような中で、幼稚園での礼拝も二階のホールに一つに集まって礼拝が出来なくなっています。それぞれの部屋で、神様にお祈りをすることになりました。

 

でも、それぞれの部屋でみんな大きな声で、声を合わせてお祈りしてくれています。一つの部屋にみんなが集まることができなくても、それぞれの部屋からイエスさま、神さまにお祈りしています。

 

今朝の聖書のことばは「心を一つにして、思いを一つにして、固く結び合いなさい」ということばです。

 

先週、お話したパウロという人が書いた手紙からのことばです。どうしてパウロがこのようなことばを書いたのでしょう? パウロの手紙によれば、コリントというところにある教会の中で、仲間割れがあったようです。「僕は〜君のお話は聞くけど、〜君のお話は聞かないとか、僕は〜のおともだち、仲間だけど、〜君とは仲間、おともだちじゃない!と、お互いに争いがあったのです。これを知ったパウロは、「みんな、心、思いをひとつにしよう」、それを伝えるために手紙を書いたのです。

 

みんなそれぞれいろんな思いを持っています。自分はこれが好きでこうしたいけど、おともだちは自分が好きなことはあまり好きではなくて違うことをしたいとか、色々あります。それはそれで良いと思います。でも、それぞれいろんな思いを持っているけど、自分とは違うおともだちの想いも大切にしてあげることも大事です。

 

パウロはみんな一人ひとり、顔も体も違うように、いろんな思いを持っている。でも、みんな一人ひとりが、神さまからいのちを受け、大切にされて、生かされていることを伝えます。みんな、同じ神さまの子供なんだ、そのことを伝えます。

 

みんなのいろいろな思いを出し合うと、いろんな面白いこと、楽しいことができます。みんなのいろんな力を出し合うと、一人ではできないこともたくさんできるようになります。

 

神さまは みんながそれぞれ思いや力を出し合って、楽しい幼稚園にしてくれることを願っているのです。みんながこの牧羊幼稚園に来てよかった、みんなと出会えてよかったと、思えるような幼稚園になることを望んでいます。その神さまの思いをみんなが一つになってかなえて欲しいと思います。

 

9月6日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-09-06 18:10 UP!

「いつまでの残るもの

 

聖書のことば

「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。

その中で最も大いなるものは、愛である。」

コリントの信徒への手紙1 1313

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。元気ですか?

先週から2学期が始まり、毎週月曜日の礼拝が始まりました。毎週、みなさんと一緒に礼拝をして、その中で聖書のことばのお話をさせていただいていますけど、今朝の聖書のことばは、「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」と言うことばです。

 

今年は西暦でいうと2021年ですけど、西暦54年頃、パウロという人がコリントというところに住んでいる人たちに書いた手紙にあることばです。今から1967年前に書かれた古い手紙です。パウロがこの手紙を書いているときには、イエスさまは復活して、天の神様のところに昇られていたのですが、パウロは復活したイエスさまとの出会いを通して、神さまのこと、イエスさまのことを伝えよう、そう決意して、あちこちに旅に出かけ、そして、いろんなところで、いろんなところに手紙を書きました。とっても古い手紙のことばですが、そこに書かれていることは、今、ここに生きているわたしたちにもわかる、大切なことが書かれています。

 

信仰とは、信じること、希望とは、あきらめないで生きること、愛とは、神さまのこと、イエスさまのこと、そして、おともだち、先生、家族、出会う人を大切に想うことです。これらは全部、みんなの想い、心のことで、目には見えません。でも、これがとっても大事なことだとパウロは手紙に書きました。

 

その中でも「愛」が一番大事だと言います。愛とは大切に想う心で、目には見えないものですが、それを目に見えるものにすることができます。おともだちにやさしい言葉をかけたり、おともだちが困っていれば助けてあげることができます。それによって、おともだちはそれを聞いたり、助けてもらったことで、その「想い、心」を知ることができます。

 

わたしもおともだち、家族、いろんな人たちから優しいことばをかけてもらったり、困っているときに助けてもらったことがたくさんあります。そのことは忘れていません。私のことをとっても大切に想ってくれたおじいちゃん、おばあちゃんは、もう、神さまのところに帰っていって、今は、目には見えないけど、おじいちゃん、おばあちゃんから小さな頃にとっても優しくしてもたったこと、助けてもらったことは、ずっと忘れません。苦しいとき、悲しいとき、それを思い出します。その想いは今も生きていているのです。

 

大切に想う心は、目には見えないけども、人を元気する力があり、そして、それはいつまでも残る力を持っています。みんな、お互いにその大切に想う心を分け合ってください。きっとこの先のみんなの人生においても、元気を与えてくれるものとなるでしょう。

 

7月12日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-07-12 18:57 UP!

「やさしいココロがあるところ

 

聖書のことば

「あなたがたは神の畑、神の建物なのです。」

コリントⅠ 3:9

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も元気に幼稚園に来てくれてありがとう。

 

暑くなりました。庭のセミもすごく鳴いています。クワガタ、カブトムシも出てきています。

 

暑い中で、冷たいトマト、キュウリ、スイカ、美味しいですよね。みんなトマト、キュウリ食べますか?

 

これらはぜんぶ畑で育てられている野菜、果物です。

 

みんながいる牧羊幼稚園の建物の周りは、今はお家がたくさんありますけど、昔はこの周りは全部、畑だったそうです。いろんなお野菜が育てられていたようです。

 

畑で作るお野菜は長い時間がかかります。畑の土を耕して、きれいにして、種を撒いて、水を注いで、大切に育てて、種がぐんぐん大きくなってお野菜は育ちます。空からの太陽の光、雨は欠かせません。朝、夜、寝ている間、種は育っていきます。

 

幼稚園の建物は、みんながここに来て、いっしょにいろんなことを学んで、遊ぶために建てられたものです。

 

畑はみんながたくさんお野菜を食べて元気に大きくなるためにあります。

 

今朝の聖書のことばは、「あなたがたは神の畑、神の建物なのです。」ということばです。

 

みんなは神さまの畑、神さまの建物であると聖書に書かれています。なんの畑なのでしょう。どんな建物なのでしょう?

 

それは神さまのやさしいココロの種がまかれ、それを大きく育てる畑であり、神さまの優しいココロを分け合って楽しく過ごす建物です。

 

みんなの中に神さまのやさしいココロの種がまかれています。今、お祈りの時間を過ごしていますけど、お祈りを通して、みんなのココロの中にある種がどんどん大きくなるようにと神さまが水を注いでくれています。

 

みんなが集まってお祈りしている、今、この集まりが、神さまの建物となっています。集まって、神さまのため、世界のため、周りにいる人たちのために祈っている神さまの建物です。

 

どんどんとたくさんのやさしいココロが育つ畑になりますように。みんなが楽しく元気になる建物となるように、ココロを一つにしてお祈りを続けましょうね。

 

7月4日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-07-05 18:00 UP!

 

「どうしてなのだろう?のココロ

 

聖書のことば

「あなたは、地の境をことごとく定められました。

夏と冬を造られたものもあなたです。」

詩篇 7417

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も元気に幼稚園に来てくれてありがとう。

 

今朝の聖書のことばは、「あなたは、地の境をことごとく定められました。夏と冬を造られたものもあなたです。」という詩篇という書物からのことばです。

 

昨日は暑い夜でありましたけど、しっかり眠れましたか? 

 

朝が来て太陽が昇って明るくなり、夕方には太陽が下り、暗くなって夜になり、月が登る、そのような毎日を過ごしています。1日の中にリズムがあります。

 

同じようにわたしたちが住んでいる日本では四季があります。春、夏、秋、冬の四季があります。今は夏の季節、これからもっと暑くなって、セミさんもどんどん鳴く季節を過ごします。そして、9月の終わり頃からは秋になっていく。

 

今、生きているわたしたちはどうして朝が来て、夜が来るとか、どうして四季が来るのか、また、いつ頃が暑くなるとか、寒くなるとか、雨が降るとか、雪が降るとか、宇宙にたくさんの機械、人工衛星と呼ばれるものが飛んでいるので、この世界の自然のことがよくわかるようになりました。

 

でも、今日の聖書の中にある詩篇を書いた人たちは、何千年前の人たちで、そのようなことは全くわかっていませんでした。毎日、朝が来て、夜が来て、暑い季節が来て、寒い季節が来るなど、そのようなリズムの中で生きている中で、自分たちが何にもしてないのに、「どうして?」と思った。

 

きちんと朝、夜、夏、冬が来る、雨が降る、太陽から光が注がれる、食べるものが育つ、動物たちもどんどん大きくなってくる、そんなことを体験する中で、それはきっと、天におられる神さまがしてくれているのだ!そう思うようになった。いつも「どうしてなんだろう?」と驚き、思いめぐらす心をもっていました。

 

先ほどお話しましたように、今、生きているわたしたちは宇宙にまで行けるようになって、いろんなことがわかるようになった時代に生きています。

 

でも、宇宙にも行けるようになった今でも、この世界には驚き、不思議の出来事がいっぱいなのです。どうしてこんなことが起こるのだろう、とわからないことがたくさんあるのです。

 

驚きを感じること、不思議に思って、どうしてなのだろう?と思い巡らす心、大切にして欲しいと思います。

 

今日の1日、そして、これからの1週間、毎日、いろんな不思議、驚きをさがしてくださいね!

 

 

6月28日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-06-28 18:00 UP!

 

「成長

 

聖書のことば

「わたしたちの主、救い主イエス・キリストの恵みと知識において、成長しなさい。」

ペトロ2 3:18

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も幼稚園に来てくれてありがとう。元気ですか?

 

今日は暑いです。いい天気です。お庭のお花、草木がキラキラと輝いています。秋と冬とは全く違う景色ですね。秋、冬には何にもなかったところにたくさんの花が咲き、茶色で枯れていた草木も今はキレイな緑になって、たくさんの草でいっぱいです。花、草木の「成長」がここにあります。

 

今朝の聖書のことばは、「わたしたちの主、救い主イエス・キリストの恵みと知識において、成長しなさい。」ということば。

 

私は月曜日の礼拝やお誕生日会、その他の礼拝で祭服を着ています。この白い長い服着て、そして、首にはストールというタオルみたいなものをかけていますが、今日は緑のストールをしています。この緑色は成長を意味しています。

 

秋、冬から春、夏へと季節が変わっていく中で、花、草木がたくさんの色を出してぐんぐん成長していく、特にこの季節は綺麗な緑色の木々の葉っぱを目にすることができますが、花、草木だけでなくて、わたしたち一人一人も、いのちの成長の中にいる、成長していく、そのような意味がこのストールの緑色に込められていると思います。

 

これからの季節、お庭の木からセミの鳴き声がたくさん聞こえてくるようになるなあ、そのお話を今日の礼拝でみんなに話そうと思っていたら、今朝、ベランダに干していた布団にクマゼミがとまっていました!これからどんどん、セミさんも幼虫から成長して、大きくなり、「成長したぞー!」と庭の木から大きな声でみんなに呼びかけてくるでしょう。

 

いろんないのちに囲まれて生きている。みんなは「成長」の中にいる。そのことを感じながら、今日1日、楽しく過ごしてくださいね。

 

 

 

 

6月21日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-06-21 18:00 UP!

 

「ふしぎなつながり

 

聖書のことば

「あなたの父母を敬え」

出エジプト記 2012

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。今日も元気に幼稚園に来てくれてありがとう。

 

今日もいい天気ですね。元気ですか?

 

昨日は父の日でしたね。自分のおとうさんに「ありがとう」、「元気でね」と電話で伝えました。僕には子どもがいますけど、それぞれ「ありがとう」と言ってくれて、お手紙とプレゼントをもらいました。とってもうれしい気持ちになりました。

 

僕たちが今、ここに生きているのもおとうさん、おかあさんがいてくれたからです。気づけば自分のおとうさん、おかあさんの間に生まれて、今、生きている。ゆっくり考えるととっても不思議です。

 

世界には70億人以上の人たちがいるのに、その中で、自分のおとうさんとおかあさんが出会って、そして、自分が二人のこどもとして、みんな、いのちを与えられて生きている。不思議です。

 

いつもは普通に朝起きて、おはようと言って、一緒にご飯食べて、いろんな話して、たまにおこられたり、ケンカしたりして、それでもまた、仲直りして、遊んで、ご飯食べて、お風呂に入って、寝てと、毎日があっという間に過ぎていっていると思いますけど、不思議なつながりであって、いのちが与えられていること、そのことをたまには思い出してほしいなって思います。

 

今朝の聖書のことばは、「あなたの父母を敬え」ということばですが、「敬う」とは、とっても大切にする、大切に想うということです。

 

おとうさん、おかあさんのために、礼拝でお祈りをささげていますけど、今日も、心をこめて、神さまにお父さん、おかあさんのことを想いながら、一緒にお祈りしましょうね。

 

今日も楽しく元気な1日となりますように。

 

 

 

6月14日の聖書のおはなし 【聖書のおはなし】 2021-06-14 18:00 UP!

 

「それぞれの力を出し合って

 

聖書のことば

「あなたがたは神に愛されている子供です」

エフェソの信徒への手紙 5:1

 

チャプレン 司祭 ダビデ林 和広

 

おはようございます。いい天気です。朝から暑いですが、元気に幼稚園に来てくれてありがとう。

 

 

みんな、「機関車トーマス」知っていますか? 毎週日曜日の夕方にテレビで放送されていますが、私の好きな物語の一つです。

 

今からずっと前にイギリスに住んでいたウィルバード・オードリーという人がこの物語を作りました。私と同じ、キリスト教の司祭で、病気で元気がなかった自分の子供が元気になるようにと作ったのです。

 

機関車トーマスの物語はトーマスが主人公ですが、トーマス以外にもたくさんのおともだちが登場します。みんな、それぞれ色んな力を持っていましたが、時々、誰が一番偉いか、誰が一番すごくて、かっこいいか、そんなお話をおともだちの中でします。そして、みんなそれぞれ、「自分が一番すごい」ということをみんなに見せたくて、周りにおともだちのことを忘れて、自分で全部やってしまおうとするのですが、結局、それを自分一人の力ではできなくて、失敗してしまいます。そこで、おともだちの力が大切なんだ、ということに気づきます。

 

機関車トーマスの歌には、たくさんの蒸気機関車、どれもカラフル、みんなパワフル、それぞれちがうものを持っている。力持ち、元気、頑張り屋さんなど、それぞれ力を持っている。それを出し合っていく、そんな歌詞が書かれています。

 

みんなも同じです。ぞれぞれいろんなカラーがあり、いろんな力が与えられています。

 

今朝の聖句は、「あなたがたは神に愛されている子供です」ということばですが、みんな、一人ひとり、神さまからそれぞれの力を与えられ、大切にされている神さまの子です。

 

神さまに愛され、その与えられたいのちを使って、助け合って、みんなが楽しい幼稚園にしてほしいと思います。今日1日、楽しく過ごして下さい。